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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)70238号 判決

原告 東京霞ヶ関信用組合

右代表者代表理事 志村輝秋

右訴訟代理人弁護士 金沢恭男

被告 三協工業株式会社

右代表者代表取締役 下村三郎

右訴訟代理人弁護士 今川一雄

濱田安宏

主文

東京地方裁判所昭和四九年手(ワ)第三九七号約束手形金請求事件の手形判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し、金二、九一五、二四〇円及び内金一、六八四、六〇〇円に対する昭和四八年八月六日から、内金一、二三〇、六四〇円に対する同年一〇月六日から各完済まで、年六分による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張は次のとおりである。

(請求原因)

被告は別紙手形目録のとおり要件の記載がある約束手形二枚を振出し、右各手形は右目録のとおり原告に至るまで裏書が連続(右各手形の被裏書人欄の東京商業信用組合は、合併前の原告の名称)していて、原告はその所持人である。原告は各手形をその支払呈示期間内に支払場所に呈示した。よって被告に対し、各手形金とそれぞれの満期の翌日から完済までの手形法所定の利息の支払を請求する。

(答弁と抗弁)

請求原因事実はすべて認めるが、被告に支払義務はない。

(一)  目録(1)の手形において、手形面上原告に対する白地式裏書人である有限会社東京コーティング工業は、現在に至るまで未登記の法人であり、企業としての実体もないから、右手形について手形上の権利を取得していない。原告はかねてから右手形の第一裏書人両越産業株式会社と取引があり、右会社へ融資を行なっていたが、その額が原告の定めた限度に達したため、右会社と謀り、架空の法人たる前記有限会社を中間に介在させて両越産業への追加融資を行ない、その弁済を受ける手段として右手形を取得したのであるから、右有限会社が無権利者であることについて悪意であり、原告は手形上の権利を取得しない。仮に原告がその当時右有限会社が未登記法人であることを知らなかったとすれば、貸付を実行する金融機関として重大な過失であるから、やはり善意取得は成立せず、権利を取得することはできない。

(二)  目録(1)の手形は、被告が両越産業のための融通手形として、同会社振出の約束手形と交換に振出したものである。原告は上記のように両越産業と取引があった関係から、目録(1)の手形が融通手形であることを熟知し、しかも右会社がこれと交換に振出した手形が、右会社の資金窮乏のため支払を拒絶されることを承知の上で、上記有限会社名義を用いて手形を割引いているので、害意ある手形取得者である。

(抗弁の答弁)

(一)の事実中、有限会社東京コーティング工業が未登記であることは認める。又、原告と両越産業株式会社がかねて取引があったことも認める。その余は否認する。原告は合成樹脂加工販売業者秋山豊に対し、昭和四七年二月頃までに約九〇〇万円を貸付けていたが、同人が事業を法人組織で行なうようにしたいというので、同年四月二八日同人のいう有限会社東京コーティング工業の名義で取引契約をし、目録(1)の手形を割引いた。しかし右有限会社の設立準備中秋山は倒産し、会社設立に至らなかったのである。又原告の両越産業に対する貸付極度額は三、七〇〇万円であるに対し、右手形を原告が割引いた当時の実際の貸付額は約二、〇〇〇万円であったから、両越産業に融資するために架空の法人を介在させる必要は全然存しなかった。

(二)の事実中、目録(1)の手形が融通手形であることは不知であり、原告が手形取得に際して被告主張事実を知っていたことは否認する。

当事者双方の証拠の提出援用認否は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

請求原因事実はすべて争がない。

抗弁(一)の事実中、目録(1)の手形の第二裏書人で原告の直接の前者である有限会社東京コーティング工業が、現在に至るまで設立登記を経ていないことは、争のないところである。被告は、右有限会社は不存在であるから右手形上の権利を取得しないし、原告もその事実を承知で、若しくは重大な過失により知らないで手形を取得しているから、善意取得の適用を受けないと主張する。しかし本件の場合、右有限会社が未登記法人であることから、直ちに原告が無権利者からの手形取得者に該当すると判断するのは早計である。即ち、≪証拠省略≫(但し後記の措信しない箇所を除く)によれば、次の事実が認められる。即ち、原告と両越産業との取引は昭和四六年以前に始まっていたが、昭和四七年四月頃原告の右会社に対する貸付金額が極度額に近くなったので、右会社の代表者鈴木俊弘が原告の担当職員野呂哲雄に相談の結果、別法人を作ってその別法人に原告が融資し、融資金を両越産業が使用することを計画した。鈴木は右計画に従って、別法人の名称を有限会社東京コーティング工業、その代表者を両越産業の専務取締役秋山豊と定めたが、設立登記申請をしなかったばかりでなく、専用の事務所も従業員も置かず、独立の企業活動ができる状態にはしなかった。そして、昭和四七年四月二五日に右有限会社代表取締役秋山豊名義の手形割引申請書が原告に提出されたのを最初として、右有限会社名義を使用する両越産業と原告との間で取引が行なわれたが、目録(1)の手形も、両越産業がこれを被告から取得した直後(昭和四八年二月下旬)、右会社は右有限会社名義で原告から割引を受けることとし、右有限会社名義の裏書をして原告に割引を申請したもので、原告は書類上はともかく、実際には両越産業の鈴木若しくは職員斉藤邦行に割引代金を交付して右手形を取得した。右のように認められ、≪証拠省略≫中、右有限会社の設立計画を原告職員が関知しなかった旨及び右有限会社も秋山豊もともに現実に事業活動をしていた旨述べる部分は信用できない。又、甲三号証の一、二、甲四号証の一、二は、秋山及び右有限会社と原告との取引に関する文書であるが、その内容が実体に副わないことは、≪証拠省略≫に照らし、明らかである。右認定事実によれば、「有限会社東京コーティング工業」とは、両越産業が原告と取引するについて、原告の了解のもとに使用した両越産業の異称にすぎないから、目録(1)の手形の権利は両越産業から直接原告に移転したものと認めるほかはない。そうすると、無権利者からの手形の取得の場合に関する善意取得の成否を検討する必要はないので、抗弁(一)は理由がないことになる。

抗弁(二)の事実中、目録(1)の手形が被告と両越産業間の交換手形の一つであり、右手形と引換に右会社から被告に振出された約束手形が不渡である結果、被告が右会社に対しては目録(1)の手形の支払義務がないことは、証人斉藤邦行、下村喜恵子の各証言で認められる。又、右下村の証言には、原告の担当職員が融通手形であることを承知で手形を取得していると述べる部分がある。しかしこの点は証人野呂、岡がともに否定する証言をしているばかりでなく、仮に原告が相互融通手形であることを承知していても、これと交換された手形が不渡になることを予期して取得するのでなければ害意の存在は肯定できないところ、金融機関たる原告が、両越産業振出手形の不渡を予期しながら、同会社のために目録(1)の手形を割引くことは、なんらかの合理的事情がない限りありえないことであるのに、本件ではその事情があらわれていない。又、≪証拠省略≫によれば右会社の倒産は昭和四八年五月のことと認められるから、右手形の割引の日(同年二月下旬)よりかなり先であって、原告の予期しうる限りではないと考えられる。従って、上記下村の証言部分は信用できず、ほかにこの点を証明する適切な証拠もないので、抗弁(二)は理由がない。

請求原因事実によれば原告の本訴請求は正当であるから、これを認容した原手形判決を認可することとし、民事訴訟法四五八条、八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 吉江清景)

〈以下省略〉

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